著者: 松崎隆司

ローソン、AI活用でセミオート発注。強化学習も新たに活用

ケーススタディー
Jul 12, 20231分
ディープラーニング小売業

毎週新商品が発売されるコンビニ店舗にとって経営の命運を分けるのは商品の発注の良し悪しだ。中でも売り上げの25%を占めるファストフード、サンドイッチ、弁当、総菜などのデイリー商品の発注は難しいといわれている。消費期限が短いため在庫だけでなく、廃棄も予測して発注しなければならないからだ。

Lawson
クレジットLawson

毎週新商品が発売されるコンビニ店舗にとって経営の命運を分けるのは商品の発注の良し悪しだ。中でも売り上げの25%を占めるファストフード、サンドイッチ、弁当、総菜などのデイリー商品の発注は難しいといわれている。消費期限が短いため在庫だけでなく、廃棄も予測して発注しなければならないからだ。

発注のさじ加減を誤れば、店舗にとっては大きな損失につながる。だからこそ、廃棄ロスを少しでも減らし、一方で機会ロスを起こさない、発注が求められる。しかし多くのコンビニ店舗はそれをオーナーや店長の勘に頼っているのが現状だ。

そのような中でローソンはAIを活用したセミオート(半自動)の発注予測システムを2015年から導入。来年春からは消費期限の迫ったデイリー商品の値引きするタイミングや値引き率などの推奨も可能になるという。ちなみにセミオート発注とは、AIが最適な発注を予測し、それをもとに発注者が判断するという仕組みだ。

すでに店頭での実装実験を東北と関東で行い、店舗オーナーからは高い評価を得ているという。しかしデイリー商品の数は約1000アイテム、毎週新商品が発売され、1週間で50アイテム入れ替わることもある。そんな商品をAI発注するためには、次々に発売される新商品をデータベースに入力しなければならないことから非常に手間がかかり、しかも過去に販売実績のない商品を次から次へと予測することになる。そのため非常に難しいといわれてきた。

なぜローソンはAI発注を実現することができたのか。その秘密を解き明かしていくことにしよう。

発注システム導入はMO制度がきっかけ

ローソンがセミオートの発注予測システムの開発に動き出したのは2010年ごろからだ。コンビニオーナーの収入を拡大し、生活を安定させるために複数店の経営を奨励するMO(マネージメント・オーナー)制度を導入したのがきっかけとなった。

コンビニオーナーを取り巻く環境は厳しい。公正取引委員会が2020年9月に発表した「コンビニエンスストア本部と加盟店との取引等に関する実態調査報告書」によると、コンビニオーナーの58.6%が個人オーナーであり、法人オーナーも89.3%が資本金1000万円以下の企業で、個人オーナーが法人形態をとる「法人成り」も少なくないという。

1店舗のみを経営するオーナーは64.1%、個人オーナーに限定すれば75.0%になる。1店舗のみを経営する個人オーナーが大多数を占めるということだ。

ところがコンビニオーナーの個人資産額は債務超過と500万円未満をあわて60.8%と、多くのコンビニオーナーはぎりぎりの状態で経営をしていることがわかる。そこでローソンはMO制度を導入したわけだ。

「2店舗あれば、仮に1店舗の収益が悪くてももう一店舗の収益でカバーすることもできます。コンビニ加盟店オーナーにも単なる個人オーナーではなく事業者として収益を拡大できるようになってもらいたいということでこうした制度を導入したわけです」(ITソリューション本部長の佐藤達氏)

複数店を経営するようになると、オーナーが一人ですべての店舗を見ることはできなくなり、店長が店舗を任されるようになる。しかし店長がみな、オーナーの期待通りの発注をすることができるとは限らない。そこで開発されたのがAIを活用した発注予測システムだ。

「素人の店長の発注のレベルよりは上の発注レベルになっていて、品ぞろえなどがよくなることを目指して発注予測システムの開発を始めたわけです」(佐藤本部長)

ではAIを活用した発注予測システムとはどのようなものなのか。AIコンサルタントでConvergence Lab.代表取締役CEOの木村優志氏は次のように語る。

「これは発注する直前に売上予測を行うものです。どの製品がどのぐらい売れるのかを予測できれば、発注管理は勘に頼ることなくロジックで管理することが可能となり、収益は安定します」

「計画発注」と「セミオート発注」

このときローソンは2つの発注予測システムを開発している。ひとつは消費期限の比較的長い飲料や加工食品など非デイリー商品を対象とした「計画発注」、そしてもう一つはサンドイッチや弁当など消費期限の短いデイリー商品を対象とした「セミオート発注」だ。

発注予測システムの仕組みはこうだ。AIが1億1305人(2023年5月時点)の会員を抱えるPontaカードの購買動向をベースに個店の過去の販売実績、天候、他店舗の販売状況などさまざまなデータを踏まえ、発注締め時間までに個店ごとの単品の販売予測をし、在庫を計算して納品までのリードタイムを考えて、推奨品目や品目数を店舗側に提案するというよものだ。中でもセミオート発注は消費期限が短いデイリー商品を対象にしていることから廃棄ロスなども含めて計算しなければならないため、計画発注よりも計算式が複雑となる。そこでセミオート発注と計画発注という2つの発注方式に分けられているのである。

「セミオート発注は直近の、例えば朝6時までの販売実績を見て発注締め時間までに個店ごとの販売予測を作り、在庫を計算してあと何個あったらいいのか、納品までのリードタイムを考えて推奨を出すので、多くの計算を短い間にやらなければなりません。計画発注よりもかなり複雑な仕組みになっています」(佐藤本部長)

そこでここからはセミオート発注を中心に見ていくことにしよう。

AIで発注の予測をする場合にはAIで解析するためのデータベースを構築し、「教師あり学習」ができるようにしなければならない。「教師あり学習」とは機械学習のひとつで、事前に人間が用意した正解データをもとに学習させる方法だ。

最初は個店の販売実績や仕入れ実績など2年間程度、商品とその個数を配達する便ごとに入力してAIに学習させたという。さらに将来の発注を予測するためには「回帰分析」をする必要がある。そのため発注に影響を与える事象を選び、どのような影響があるかを分析。AIに学習させたという。

「機械学習の走りのころです。天気の変化、月が替わるといったことがどう商品の販売実績に影響を与えているのか、販促やテレビCMが入るとどうなるのか、といったことなどを分析するわけです。たとえば過去のCMのインパクトなどを参考に、同じようなCMだから発注量も同じぐらいでいいんじゃないか、といったといったことを学習させていったわけです」(佐藤本部長)

ローソンではDWHもすでに構築

しかし2015年の導入当初、セミオート発注に対して店舗オーナーからクレームが続いた。ひとつは発注のタイミングの問題だ。デイリー商品は消費期限が短いために売れなければ短期間の間に廃棄しなければならない。

おにぎりのようなデイリー商品は7割の店舗で一日に3度発注されるが、1便の10時に発注するときには商品の届く22時から翌3時30分までの間にどれだけの商品売れ、どれだけの商品が廃棄(店舗着から20時間から22時間経過後)の対象になるのかを予測しなければならない。

そのため店舗オーナーは締め切りギリギリまで商品の売れ行きを見据え、これまで培った勘を駆使して次の発注を決める。

ところがセミオート発注では、締め切りギリギリでの発注ができない。AIが分析して推奨するまでの一定のリードタイムが必要だからだ。それがオーナーたちのストレスにつながっていた。

「そしてもうひとつはこのシステムに対するオーナーさんたちの信頼感です。最初のころはオーナーさんから『自分の思っている発注とは違う』という声がかなりありました。オーナーさんたちに納得してもらえるようにパラメーターを調整するなどいろいろ工夫しました」(佐藤本部長)

パラメーターとは機械学習モデルにおける設定値や制限値のことで、これを調整することで予測の精度をあげていったということだ。

「チューニングは最適を求めて随時行っています。例えば『必要な在庫数』について調整します。必要な在庫数を上積みすると、発注量が増えますし、減らすと発注量は下がります。例えば、冷やし麺など気温に敏感商品は、過去の実績に引っ張られるため、意図的に在庫を引き上げることをしないと、気温の急激な上昇についていけません」(佐藤本部長)

結果的には利用するオーナーは急増。セミオート発注や計画発注を実現したことで1日の作業時間は2.0時間/人削減できたという。

「ちなみに新店の場合は、オープン当初は推奨値なしで人が発注し、一定期間すぎて店舗に実績が蓄積されれば、そこから推奨値の提示を始めます」(佐藤本部長)

時間とともにAIの精度もあがり、仕組みも変わる。最近では企業内のシステムやアプリ、クラウドサービスから定期的にデータを取得し、時系列に整備するデータ・サーバー、DWH(データ・ウエア・ハウス)が注目されているが、ローソンもDWHを整備したという。

DWHを整備することで意思決定者やデータアナリストがアクセスして、業務横断的にデータ活用できる環境を構築することができるという。

「DWHの構築は、本格的なデジタル化の第一歩であり、DX化を本気で取り組んでいるんだと思います。基幹のシステムからデータを取り出すというのはかなり大変な作業なのですが、DWHがあれば取り出したいデータを簡単に取り出すことができます」(木村氏)

ライバル他社もAI導入に向けて動き出している。最大手のセブンイレブンは缶詰や加工品などの非デイリー商品のAIによるセミオートの発注予測システムを2020年から店舗で実証実験を始め、今年3月全店に導入した。業界2位のファミリーマートもAI技術を活用し店長業務をサポートする「人型AIアシスタント」を1月から導入を開始。2023年度末までに約5,000店舗へ導入予定しているという。人型AIアシスタントは店舗運営に必要な情報、発注のアドバイス、売場作りのポイントなど、店長が必要とする情報をスピーディに提供し店長業務をサポートするものだが、発注を予測するような機能はないという。

ローソンは2015年からデイリー商品を対象としたセミオート発注システムを導入し、来年春からはデイリー商品の値引きするタイミングや値引き率などを推奨することのできる発注予測システムを導入するわけだから、日本のコンビニ業界の中で発注予測システムの分野では、最先端をいっているといってもいいのではないだろうか。

さらにこの新システムでは「強化学習」が行われる。強化学習とは機械学習の一つで、AIが試行錯誤をしながら価値を最大化するような選択を学習する技術だ。人間があらかじめ学習データを提供する教師あり学習に比べ、AIが自ら試行錯誤する「強化学習」は臨機応変より正確な情報を提供することができる。

グーグルの子会社、ディープマインドが開発し、囲碁の名人に勝利を収めたことで大きな話題となったコンピュータ囲碁プログラム「AlphaGO」にも強化学習がAIのアルゴリズムとして組み込まれている。

「来春導入される新セミオート発注システムには強化学習の機能があるそうですが、囲碁AIやChatGPTにも一部利用されている方式です。仮想的に気温や天気など様々な情報をもとに発注・売上、廃棄のゲームのようなものを行い最も利益が高くなる発注方法を選ぶ方法です。さらに予測の精度の高いものになると思います。かなり期待できるのではないかと思います」(木村氏)

デジタルを活用した店舗での人手不足解消に向け、ローソンの挑戦は続く。